食事

2025/04/07

【インタビュー】獣医師からフードメーカー勤務を経て…獣医師まなみさんが考える「幸せごはん論」

獣医師からフードメーカー勤務を経て…獣医師まなみさんが考える「幸せごはん論」

愛犬家に寄り添ったフード情報の発信でInstagramフォロワー4万人以上を抱える「獣医師まなみ」さん。
動物病院とペットフードメーカーの勤務経験という異色のキャリアを活かし、toBでのレシピ開発などのほか、悩めるオーナーたちからの個別相談にも向き合っています。
特に造詣の深い手作りフードを中心に「愛犬の食事」に対する想いを聞いてきました。

目次



愛犬のごはんに「もっと選択と納得を」

講演を行うまなみさん
▲犬のご飯に関するセミナーや講演も行うまなみさん

動物病院勤務を経てフードメーカーへ…そんな異色とも言えるキャリアを持つまなみさんは食べることが、そして、何よりも犬が大好きでした。

「ワンちゃんにも美味しいご飯を食べてもらいたい。いつか、ワンちゃん用のご飯を作りたい」
かつて一緒に暮らしていた先代犬の介護生活を通じて食事の大切さを痛感したこともあり、獣医学を学んでいた学生時代から、そう考えていたそうです。

大学卒業後は東京の一次診療を行う動物病院に勤務したまなみさんでしたが、大好きな犬と向き合う仕事に充実感を感じる一方で「この症状に対してはこのフードを薦める」といった一つの選択肢しか提案できない自分に対してのジレンマがあったと言います。

「もっと食事について学びたい。オーナーさんへ伝えられることがもっとあるはず…」
かねてからの想いに忠実に、まなみさんは大手ペットフードメーカーへ転職。
主に動物病院をクライアントとした、療法食を取り扱うセクションで働くことになりました。

「ずっと働きたいと思えるくらい素晴らしい会社でした。それでもやっぱり…獣医師の先生ではなくオーナーさんに寄り添いたいという気持ちが消えることありませんでした」
メーカーでは療法食に関するさらなる知見を獲得し、ついに独立を決意します。

「愛犬の健康に直結するため、食事に対する自己判断はもちろんNGです。でも…飼い主さんと愛犬の関係性は様々です。たとえプラスα程度であったとしても、ごはんに関する納得と選択肢を広げるお手伝いをしたいと考えていました」
その目標に向かって、まなみさんは退職後すぐに発信をはじめました。

なお、獣医師・メーカー勤務時代の知識や経験だけではなく、退職後にはペットフーディストやペットフード安全管理者の資格も取得しています。

知ってほしいのは「レシピだけ」ではない

「豚サバごはん」調理中の様子
▲まなみさんの愛犬チャイ君(キャバリア)のお気に入り「豚サバごはん」

今でこそ「手作りごはん」のイメージが強いまなみさんですが、独立初期は主に病気や症状ごとの食事管理などに関する発信をしていました。

「発信するにあたって改めてネットを見ていると、明らかに良くない情報も目に入ってきました。そのため『まずはこれが基本』という、食事による健康管理をメインテーマにしていました」
そうした発信を続ける中で、自身の愛犬用に作った簡単なスープのレシピを紹介したところ「手作りではどんな食材を使うべきか、どんなメニューが考えられるのかわからなかったけど、これを作ってみます!」といった多くの反応があったそうです。

「『手作りごはんへ興味がある人って意外と多いのかも…』そう思って作っていくうちに、私自身がすごい楽しくなってしまって、今に至るという感じなんです」
Instagramでは愛犬との暮らしに関する様々な情報を投稿していますが、特に手作りレシピへの反応が良いらしい。

「レシピをきっかけにその他のコンテンツも見てもらい、健康・食事管理について少しでも知ってもらえたら…オーナーさんと愛犬の幸せに貢献できているのかなと思います」
映える彩りを考えたり、手作りごはん自体を楽しむことも、あくまで正しい知識があってのもの。

レシピも活用してほしいけれども、何よりもオーナーと愛犬が食事を通じて幸せになることがまなみさんの発信におけるモチベーションとなっているのです。

食に対する知識や習慣が極端にならないように

そうした発信を続け、それに対するリアクションが大きくなるにつれて、まなみさんは一つの懸念を抱くようになったと言います。

「食材そのものに対する思い込みが強い人が多いのではないかと感じました。0か100、YesかNoではなく、正しく知った上で正しく怖がる必要性を伝えたいと考えるようになりました」
その顕著な例として教えてくれたのが、愛犬のおやつとして「スイートポテト」のレシピをTikTokで紹介したときのエピソードでした。

豆乳でつくる「スイートポテト」のレシピ(獣医師まなみさん)
▲画像はInstagram


曰く、甘さを引き立てるのに塩を使っていたことに対して賛否があったそうです。

「このレシピはおやつであることから、塩は必須ではなかったものの…塩自体への抵抗感がけっこう強いんだな、という印象を覚えました」
それを受け、その後Instagramで同レシピを紹介した際には「(※塩を入れても塩分は一般的なドッグフードと同等のレベルです)」と添えています。

また、メーカー勤務の経験もあることから「市販フードの添加物」についても教えてくれました。

「添加物には、商品を劣化させないために必要な保存料や酸化防止剤などもあります。近年、主要メーカーでは酸化防止剤を天然由来のものに替えるなど、企業努力を続けています。添加物が気になる気持ちはわかりますし、添加物無しで長期保存や酸化を防止できるに越したことはありませんが…。過剰に意識しすぎた結果として、必要以上に悩んでしまう人もいるんです」

「添加物=絶対NG」と考えてしまうと、結果として購入できるフードの選択肢が狭まったり、フードの劣化が早まったりするなど、オーナーの負担が増えることもあり得ます。
そうならないためにも、まなみさんは「0か100かではなく、正しく知った上で正しく怖がる」ことに重点を置いた発信を心がけているのです。

「シニア犬×手作りごはん」のちょうどいい関係

調理中のまなみさんと、そのご飯の完成を待つ愛犬チャイ君
▲ご飯をつくるまなみさん(…と、そのご飯の完成を待つチャイ君)

続いて、まなみさんの本職とも言える「手作りごはん」についても聞きました。

「わたし自身として手作りご飯を広めたいという気持ちはありますが、手作りご飯がドライフードより健康に良いということはありません。メリットとデメリットを理解することが大切です」
手作りごはんには、水分を摂取しやすくなる点や香りが立ちやすく食いつきがよくなるといったメリットがある反面、栄養管理の難しさや調理の手間といったデメリットがあります。

まなみさんは「最終的にはオーナーが納得して選択できることが大事」だと話します。

「もし『完璧な手作りごはん』が存在していて市販フードと比べるのであれば、水分量の観点などからシニア犬には手作りごはんの方が良いと言えるかもしれません。ただ、手作りごはんはオーナーさんの体調や予定などによって簡単に崩れてしまいます。そして愛犬への愛情が強いオーナーさんほど『もっと頑張らなければ…』と無理をしてしまいがちです」

そもそも、おやつ程度であれば大きな問題はありませんが、主食としての手作りごはんであればやはり栄養に関する知識は必須となります。
そうした原理原則を知らなければ、いくら愛情のこもったメニューであっても愛犬の健康に悪影響を及ぼしかねないのです。

「完全手作りごはんの場合、食材のローテーションや量をしっかり考えないと栄養バランスが崩れがちです。さらには、ビタミン・ミネラル類の不足が起こり、健康トラブルの原因になることもあります」
だからこそ「市販フードとの組み合わせをおすすめします」とまなみさんは続けます。

具体的には主食をドライフードにして、手作りのトッピングをあわせる方法を薦めてくれました。

特に「スープトッピング」は水分摂取がしやすくなる上に香りが立ち嗜好性も高いため、シニア犬に向いていると言います。
食欲が落ちている場合はトッピングとして肉や魚、野菜を少量づつ足してみて、好きな食材があるかどうかを探してみるのも良いとのこと。

食事と合わせて水分補給もできる「鶏鍋」レシピ(獣医師まなみさん)
▲食事とあわせて水分補給もできる「鶏鍋

その上で、手作りごはんで注意すべき点についても聞いてみました。

「持病がある場合は絶対に自己判断せず、必ずかかりつけの先生に確認してください。それと、トッピングの範囲を超えない分量にしてください。あげすぎて全体のバランスが悪くなってしまったら本末転倒です」

愛犬が美味しく食べている姿を見たら、もっと食べさせてあげたくなるのがオーナー心情というものです。しかし、主食はいつもの量、または9割ほどをキープする必要があります。
愛犬の健康を守るために一定の線引きをしてあげることも、オーナーにしかできない役割なのです。

たかがごはん、されどごはん、やっぱりごはん。

インタビューを受ける獣医師まなみさん
▲自身のキャリアから「ご飯」への想いを語ってくれたまなみさん

インタビュー取材中、特に印象的だったのは常に言葉を慎重に選びながら話すまなみさんの姿でした。

「実は、Instagramの発信でも『大切なことを、誤解が生まれないように伝えること』を意識するあまり、投稿するまでに数時間かかることがあるんです」

愛犬の健康への影響が大きい食事に関する情報だからこそ、これまでの経験や知識をフル活用しながら、そして、現在もなお研鑽を続けつつ、愛犬家との最適なコミュニケーションを模索し続けているまなみさん。

Instagramをチェックする際は魅力的なレシピだけではなく、ぜひその他のコンテンツやそうした想いが込められたテキストにも目を通してみてください。

「あと、これは科学的根拠はないのですが…」
と前置きした上で、まなみさんは最後にこんな話をしてくれました。

「相談者さんの中には手作りごはんをきっかけに、これまで苦手だったドライフードを食べられるようになったコもいました。オーナーさんの手作りごはんには『食べる活力』のような効果があるのかもしれませんね」

獣医師まなみ

獣医師、食品衛生管理者、ペットフード安全管理者

先代犬の介護生活を通じて食事の大切さを痛感し、動物病院の他、食事管理を学ぶため大手メーカーにも勤務。
動物病院やペットオーナー向けの栄養学セミナーや相談会を経験し、現在は企業様向けのレシピ提案・監修、オーナー向けの個別サポートを行う。
Instagramのフォロワーは4万人以上を誇る(※2025年4月現在)
愛犬はキャバリアのチャイ君。

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