取材/ストーリー

2025/06/27

まだ16歳。やりたいことが、たくさんある

イングリッシュセッターのモネは、16歳になった現在も野山を駆け回り、湖に行けば元気に泳ぐ。

これまで病気らしい病気もなく、平均寿命が11〜12歳といわれる大型犬の中でも、その健康ぶりは際立っているといえる。

そんなモネの健康を支えてきたのは、野山でのキジ探しなど「モネの狩猟本能」に寄り添ってきた日々だった。

モネのプロフィール

●犬種:イングリッシュセッター
●年齢/性別:16歳の女の子
●既往歴
・11歳のときに良性の結節性過形成のため脾臓を摘出
・14歳で肝臓の数値が高くなったが、1年間の食事療法により正常値に戻る

目次

モネとの不思議な出会い

▲幼い頃のモネと大井さんご夫婦

16年前、大井さん一家は埼玉県内の保護犬施設で、1匹の子犬・モネに出会った。

第一印象は、甘えん坊。娘さんの膝に一度乗ると、施設内の犬たちから遊びに誘われても、その場を離れようとはしなかったという。

「こんなに甘えるなんて、珍しいわね」
保護犬施設のスタッフは、人に甘えるモネの様子を珍しがって話した。

さらに話を聞くと、モネと娘さんには不思議な繋がりがあることもわかった。

モネの母親は飼育放棄され、保健所に連れ込まれた直後に妊娠が発覚。その後、保護犬団体によって保護され「メイ」と名付けられた。それが5月1日だった。
そしてその数週間後にモネたちが生まれてきた。

「じつは、娘の名前も『メイ』なんです。それに誕生日も5月1日で、モネの母親が保護された日と同じ。娘から離れなかったのもあるし『これはもう、うちに来る運命なんだろう』と思いました」

家族で話し合うため一度は家に帰ったが、決意は固まっていた。数日後、晴れてモネとの生活がスタートした。

▲散歩に出かけるモネと娘さん

モネは幼い頃からとにかくエネルギッシュだったと大井さんは話す。

「散歩では絶えず前へ前へと引っ張りまくり…。散歩というより散走でしたよ(笑)」

さらに散歩中、ハトを見つけるとその場で立ち止まり、飛び立つとダッシュで追いかけることもあったという。
「モネを楽しませたい」と大井さんも一緒に走っていたため、ハト好きのふたりとして近所で有名だった。

その一方、家では電池が切れたように大人しく、家族との触れ合いを大切にする性格。
家族でケンカが起こると仲裁に入るなど、いつも家族の中心にはモネがいた。

野山でキジを探す

モネは幼い時からハトを見かけると、ピタリと動きを止め、まるで狙いを定めているかのような仕草を見せていた。
大井さんはその様子を不思議がりながらも、深くは考えていなかった。まだイングリッシュセッターの本能を知らなかったのだ。

ところがある日、ドッグランでイングリッシュセッターと同じ鳥猟犬種であるブリタニースパニエルを連れた夫婦が声をかけてきた。
フェンスの外にいるハトばかり見ているモネの姿を見て「キジ当て」に誘ってきたのだ。

キジ当てとは、「野山に潜むキジなどの野鳥を探し出す」という鳥猟犬が行なうトレーニングのこと。
嗅覚を使って草むらに隠れている野鳥を探し、匂いを感じ取るとその場で動きを止めて指示を待つ。そしてオーナーの掛け声で野鳥を飛び立たせると、その後を追いかける。
この一連の動作によって、猟欲が満たされるのだ。

実際の狩りでは飛び立たせたキジをハンターが撃ち、犬は落ちたキジの回収までするが、キジ当ては鳥を飛び立たせておしまい、捕まえることはしない。

さらにリードをつけずに行なう上に、犬が数キロ先までひとりで走っていくこともある。
あまりに興奮すると、オーナーの指示を聞かなくなることもあるため、呼び戻しなど地道な訓練を積み重ね、オーナーとの強い信頼関係を築かなければできない。

「モネがやりたいことを、やらせてあげたい」
その夫婦から声をかけられて以来、大井さんはイングリッシュセッターのルーツや狩猟本能について調べるようになり、その気持ちは次第に強くなっていった。

悩んだ末に、元ハンターのもとで訓練を受けることを決めた。

訓練の初日、モネは何も指導を受けていないにもかかわらず、キジの匂いを察知してぴたりと動きを止める「ポイント」をやってのけた。

追いかけてしまう犬も多い中、最初からこの動きができるのは珍しく、元ハンターの師匠は「この子は大丈夫だ」とモネの天性の集中力と猟欲を褒めた。

しかし、キジ当てにはオーナーの動きや犬との信頼関係も欠かせない。
そのため訓練では、大井さん自身の動き方やモネとの信頼関係の築き方に重きが置かれた。

「『私が行く先には最大のご褒美であるキジがいる』と覚えさせるために、キジがいそうな場所に何度も連れて行きました。
あとは、ノーリードでも指示に従えるように、遠くにいるモネを呼び戻す練習や、自分の向いている方向へモネを誘導する練習もしました」

その後、大井さんは週に2回、片道2時間かけて杉並区の自宅から千葉県東金市まで通い続けた。

そして数か月に及ぶ訓練を終えた後は、月に何度もキジなどの野鳥が多く生息する野山へ出かけるようになった。

▲泥だらけになりながらキジ探しをするモネ

「モネは本当にキジ探しが好きなんですよ。
泊まりで行った時には、夜中の3時には起きて、『早くキジを探しに行こう!』と宿の中をスキップするように走り回るんです(笑)」

草原や雪道を駆け回ったり、湖に飛び込んだり、思い切り身体を動かしながらキジを探すことは、モネにとって最高の遊びだった。

そして大井さんにとっても、そんなモネと過ごす時間が何よりの楽しみだった。

大好きなことが、少しずつ出来なくなっていく

家でくつろいでいるときも、モネの「キジ好き」は健在だった。

ある日、何気なくテレビを見ていた時のこと。番組内で「ケンケン」というキジの鳴き声が流れると、寝ていたモネはパッと目を覚まし、テレビに向かってポイントの姿勢を取った。
寝ていても、匂いがしなくても、鳴き声に即座に反応するほどキジの存在に敏感だった。

けれど、そんなモネも年齢を重ねるごとに少しずつ衰えが現れていった。

モネと一緒に、キジが隠れていそうな公園を訪れたある日。
しばらく歩いていると、どこかから「ケンケン」というキジの鳴き声が聞こえてきた。

「モネ!いたよ!」
大井さんは喜んで声をかけたが、モネには聞こえていなかった。

それでも風下に連れていくと、モネはキジの匂いを感じ取りポイントの姿勢を取る。
ただ、かつて垂直に立っていた尻尾は、力なく垂れていた。

「この2年くらい、モネの老いを受け入れるのが苦痛だったんです」
元気に駆け回っていた姿を鮮明に覚えている大井さんは、その現実をすぐに受け入れられなかったと話す。

また後ろ足の筋力も落ちてきてからは、ふらつくこともあり、走る時にも以前ほどのバネもない。
それでもスキップするような走り姿や、楽しそうな表情を見ているうちに、大井さんの心持ちも少しずつ変わっていった。

「犬たちは『昔はできたのに』なんて絶対思っていないじゃないですか。
それを一緒に暮らすうちに受け入れさせてくれたんですよ」

そして今はまた、モネとの時間を心から楽しめるようになった。

モネの気持ちは変わらない

モネは16歳になり、自宅近くの散歩では100mほど歩いて帰りたがることも多い。

しかし、お気に入りの公園に行けばモネは楽しそうに走り回り、帰り道も足取りは軽い。
そのため、大井さんはモネをカートに乗せて公園へ連れて行き、そこで散歩を楽しむようにしている。

身体への負担も心配だが、モネの気持ちも尊重しながら、獣医師や動物病院のスタッフと一緒にバランスを探っている。

「覚悟はないんですよ。私もその都度悩みます。
だけど、モネがやりたがっているなら、全力でサポートしてあげたいんです」

取材の1週間後には、毎年訪れている湖へ行く予定だという。
数ヶ月前は元気に泳げたが、今回はどうかわからないと少し不安そうに話していた。

「首が立たなくなると、水を飲み過ぎてしまって水毒症になると聞いたんです。
でもモネは絶対に泳ぎたがるから、私はサップに乗ってすぐ隣にいるつもりです。泳げなかったら一緒にサップを楽しむだけですよ」

そして1週間後、「元気に泳げました」と連絡があった。

16年間、モネのやりたいことを一緒に楽しんできた大井さん。
その想いは、今後も変わることはない。

「今は、モネが1日1回は『生きてるって楽しい!』と感じられるようにしています。
私、それは自信ありますよ」

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