取材/ストーリー
2025/05/30
[5頭の愛犬と過ごした30年]出会いと別れが紡ぐ幸せ

「絶対にこの子を幸せにしよう」
家の近くで、捨てられていた1匹の子犬と出会った日、森田さん(仮名)はそう誓った。
その子犬は、何時間も同じ場所で飼い主の迎えを待っていた。やがて辺りは暗くなり、心配した森田さん夫婦は家の中に入れてあげ、一緒に迎えを待つことにした。
しかし、何日経っても飼い主は姿を現さない。捨てられたようだった。
森田さんはその子犬を「ラリー」と名付けてたくさん可愛がった。
そしてそれ以来、森田さんは4頭の犬と巡り会い、今では3頭のシニア犬と暮らしている。
ひとつひとつの出会いと別れが、かけがえのない幸せな時間を紡いできた。
目次
ラリーは、走るのが大好きだった

ラリーは、ハスキーとウエストハイランドホワイトテリアを掛け合わせたような中型犬。
走ることが大好きで、公園に連れて行くと低い姿勢で砂埃を巻き上げながら全力で駆け回った。
その姿が「ラリーカー」のように見えたことから「ラリー」と名付けられた。
迎えてから18年間、大きな病気をすることなく、亡くなる前日まで自分の足で歩き、ごはんも食べられたという。森田さん夫婦と笑顔いっぱいの日々を過ごし、穏やかにその生涯を終えた。

幼少期から犬と暮らしてきた森田さんにとって、ラリーは大人になって初めて迎えた犬だった。
犬と暮らす楽しさを改めて思い出すと同時に、自分がオーナーとして責任を持つことの難しさも知った。
ラリーと過ごした日々が、今の暮らしにつながっていると森田さんは語る。
このままだと、売れ残ってしまうかもしれない
ラリーが亡くなってから、しばらく犬のいない生活を送っていた森田さんはある日、たまたま立ち寄ったペットショップで、1頭のチワワに目が留まった。
「チワワにしては足が短く、それが可愛らしかった」と、気づけば買い物のついでに何度も足を運ぶようになっていた。
そして何度か通っているうちに、目のふちに赤い腫れ物があることに気づく。調べてみると「チェリーアイ」という病気だとわかった。
「このままだと、この子は売れ残ってしまうかもしれない」
そんな不安が、森田さんの頭をよぎったという。
さらに病気について調べてみると手術で治ることがわかった。
「それならぼくが迎えよう」と、森田さんの決意はその時に固まった。
そうして迎えられたチワワは「チョコ」と名付けられ、1歳になった頃に無事手術を終えた。

チョコは大人しい性格で、家の中で日向ぼっこをして過ごすことが多かったという。
走ることが大好きだったラリーとは対照的で、「ひとりの時間が長くて、運動量も少なかったので、刺激になる相手がいたほうが良いかな」と心配した森田さんは、弟として犬をもう一頭を迎えることを考え始めた。
そうして、出会ったのが同じくチワワの「プリン」だ。

プリンはペットショップで出会ったときから、人にも犬にも甘えん坊な様子だった。
「この子なら、チョコにも甘えてくれそう」そんな思いで迎え入れた。
その予感は見事に当たり、家でも外でもプリンはチョコを遊びに誘い、つられるようにチョコも活発になっていった。
そしてふたりは現在、身体を寄せ合って寝たり、お互いを踏み台にしてちょっかいを出したりと、兄弟のような関係になった。

ラリーの命日、よく似た犬に出会った
プリンを迎えてから4年が経った頃、森田さんはテレビで保護犬の特集番組を目にした。
そこで初めて保護犬たちの現状を知り、それ以来、森田さんは「自分も力になりたい」と考えるようになったという。
けれど、すでに2頭の犬と暮らしていたため、経済的にも時間的にも余裕はなかった。
「ちゃんと向き合えるだろうか」「無理をして、みんな幸せにならなかったら?」
実際にいくつかの施設を訪ねてみたものの、迎える決心ができないまま時間だけが過ぎていった。
そんなある日、不思議な出会いが訪れた。

「この子、ラリーなんじゃないかな」
チワワの「カリン」を見たとき、森田さんは思わず先代犬・ラリーの姿を重ねた。
そう感じたのも無理はない。毛色がよく似ていただけでなく、何よりその日はラリーの命日だったのだ。
「このタイミングで、この子に出会うなんて。運命だと思いました」
カリンは、前日にブリーダーの元から保護されたばかりだった。
全身にはノミやダニが寄生しており、さらに子宮蓄膿症も患っていた。繁殖場の劣悪な環境からレスキューされたばかりのカリンは、身体的にも精神的にも深い傷を負っていた。
それでも森田さんの意志は出会った時点で決まっていた。
施設のスタッフに「責任を持って面倒を見ます」と伝え、その日にカリンを家族に迎え入れた。
その後、ノミ・ダニの治療が終わるまで、カリンは先住の2頭とは別々の部屋で過ごした。
さらに治療が終わってからは子宮摘出手術を受け、回復後ようやく3頭揃っての生活が始まった。

カリンと初めて会った日にはチョコとプリンも連れて行き、その場で2時間ほどかけて相性を確認したため、3頭一緒での生活はスムーズに始められた。
ごはんも散歩もみんな一緒。「誰かを特別扱いしない」というのが森田さんの方針だった。
そうして始まった日々の中で、今でもよく覚えている場面がある。
初めて”ボイルしたささみ”をあげたときのことだ。
「ブリーダーのところでは美味しいごはんをもらえてなかったのか、初めて食べた時は『なんだこの食べ物は!?』と、すごい勢いで食べてましたね(笑)」
美味しいごはんを食べることや、優しい家族がそばにいるといった森田家の「普通」の生活は、カリンにとってどれも新鮮だった。

身体の小さなマルチーズに出会う
カリンを迎えて数ヶ月が経った頃、元気になった姿を見せに、再び保護犬施設を訪ねた。
挨拶だけのつもりがふと周りを見渡すと、小さな身体を目一杯使って走り回る1頭のマルチーズが目に止まった。
やがてそのマルチーズは森田さんのもとへやってきて、膝の上にちょこんと乗り、甘える仕草を見せた。
スタッフによると、その犬は元繁殖犬で「小さい犬を産ませるために、ごはんも満足にもらえず育ったのだろう」とのこと。5歳ながら体重は1.5kgしかなかった(適正体重は3〜4kg ※参照:JKC)。
「もう1頭なら、なんとかできないか…」
森田さんは、自分に懐いてくれたその犬のことを無視できなかった。
奥さんとも十分に検討して、身体が小さかったこともあり「4頭になっても、食事代や医療費はそれほど変わらないだろう」という結論になり、「シフォン」を迎えることにした。

シフォンを迎えた日も3頭全員を連れてきていたため、4頭での生活もすんなり始められた。
そして家族が増える中で、最年少のプリンの性格に変化があったという。
「カリンとシフォンが来てからは『自分が守るんだ』というように、強くて優しい子になりましたね」
カリンとシフォンは友達の犬と遊んだ経験がほとんどなく、ドッグランに行ってもひとりで散策することが多い。
そんなふたりに友達が近づくと、プリンは遠くにいてもさっと駆け寄り、かばうように間に入る。そして、みんなで一緒に遊んだり「僕と遊ぼう」と友達を連れて行ったりするという。
甘えん坊の次男タイプだったプリンは、すっかり頼れる兄のような犬になっていた。

また森田さんは、次第に「カリンとシフォンも気を使わず、のびのびしてほしい」という思いが強くなり、ついには自宅の隣の空き地を購入。人工芝を敷き詰めたオリジナルドッグランを作ってしまった。
そこではみんな、日向ぼっこをしたり、かけっこをしたり、疲れたら家に戻って休んだり、自由に過ごしている。
さらに、週末には県内のドッグランにも出かけているという。
「チョコとプリンは友達と遊びたがっているので。それにカリンもシフォンも楽しそうに匂いを嗅いでるから、やっぱりいつもと違う場所に行くのは楽しいんだと思うんです」
最近では体力が落ちてきたため以前ほどは走らないというが、みんな良い笑顔を浮かべている。

全員が10歳を超えて
森田さんは、みんなを迎えた頃から、年に1回定期検診を受けるようにしていた。
そして年齢を重ねるにつれて「心雑音が聞こえる」「胆嚢に胆泥が溜まりやすくなっている」など変化が見つかるようになると、検査や治療のために通院頻度を半年に1〜2回に増やしていった。
そんな日々を過ごす中、昨年3月、カリンが急性腎不全を発症した。

「突然、朝から何度も嘔吐していて、病院で検査をしたら腎臓の数値がとんでもなく悪くて…」
3ヶ月前の血液検査では適正範囲内だった数値が、この期間で急激に悪化したようだった。
先生からは「この2日が山場」と告げられ、カリンはそのまま集中治療室へ。数日間に渡って点滴治療を受けることになった。
ところがその間、カリンは病院のごはんは全く口にせず、体力はどんどん落ちていってしまった。
「何でも良いからごはんを食べてもらわないと」と思い悩んでいたところ、迎えたばかりの頃のある出来事を思い出した。
「ボイルしたささみを夢中に食べてたことを思い出して。
先生に許可をもらって持って行ったんです。そしたら、タッパーに入った分すべて食べてくれて…」
それが功を奏したのか、少しずつ元気を取り戻し、翌日には腎臓の数値も目標値まで回復。
なんとか危機的な状況を乗り越えられ、その翌日には退院することができた。
退院してから半年間は、週3回ほど点滴を受けるために通院する日々を送っていたが、その負担は大きかった。
そこで先生からは「自宅で点滴をしてみないか」と提案を受けたという。
森田さんは初めは驚いたが、「その方がカリンの負担も少ない」と思い、先生から点滴の方法を教わることに。現在では朝晩100mlずつ、自宅で点滴を行っている。

そうして少しずつ、生活が落ち着きを取り戻し始めた頃のこと。
昨年の4月24日、シフォンが突然倒れた。
前日まで変わった様子はなく、その日は朝起きてトイレを済ませたと思えば、そのまま身体の力が抜けていった。
すぐに病院へ連れて行き、先生による緊急処置が施されたが、その日の午前中に息を引き取った。
血栓ができたことで血液が巡らなくなり、多臓器不全を起こしてしまったのだという。
「あまりにも突然の出来事で、何も考えられなかった…」
当時はカリンの通院が落ち着いてきたばかりの頃で、森田さんは「それまでカリンのことで頭がいっぱいだった」と振り返る。
「シフォンは、心配かけまいと平静を装っていたのかもしれないですよね。
もう少し自分に余裕があれば、シフォンも正直に言えたのかなって思ってしまいます」
そう話す森田さんの表情には、今も悔しさがにじんでいた。
けれど、思い出話には笑顔も混じる。
「シフォンは家族のムードメーカーで、どの動画を見返してもシフォンの元気に吠えている声が入っているんです。姿が映ってなくてもね」
元気いっぱいだったこと、森田さんにベッタリな甘えん坊だったことなどを話しているうちに、表情が少しずつやわらいでいった。

どんな表情も大好きだから
森田さんは現在、毎月のように通院をし、そして毎週末にはドッグランへ出かけている。
仕事柄、夜勤の日もあるそうだが、日中はできるだけ一緒に過ごすよう心がけているという。
森田さんはそんな今の暮らしを「この子たちのために働いてるようなもんですよ」と笑って話す。
大変だとしても、みんなの笑顔と健康のためなら、多少の苦労もいとわない。
そして最後に一つ、愛犬たちの「表情」について話してくれた。
「犬にはいろんな子がいて、いろんな表情があるんです」
そう話す森田さんの手元には、その瞬間を思い切り楽しんでいるみんなの写真が並んでいた。

楽しそうに走っている表情や、その土地の風を感じている表情、時には怒っている表情も、かけがえのない瞬間。
森田さんにとって、そんな表情を見ることが、何よりのしあわせなのだ。
そして付け加えるように「最初は無表情だったカリンやシフォンも、ちゃんと笑えるようになりました」と嬉しそうに話した。
それは、取材を通じて初めて誇らしげな森田さんを見た瞬間でもあった。
さらに、ひと呼吸おいてから「この笑顔が1日でも長く続くように、これからも精一杯できることをしていきます」と、飾り気なく静かに語った。