専門家からのアドバイス

2025/05/15

予防できないシニア犬の心臓病【基礎知識とステージB2の重要性】

7歳前後は、「シニア期」の入り口といわれる年齢。
体の機能は少しずつ変化しはじめ、心臓や腎臓など重要な臓器に負担がかかりやすくなる時期でもあります。

「シニア期には、どんな病気が増えるの?」
「予防ってできるの?」
「もし病気になったら、うちのコはどうなってしまうの?」
「そもそも、病院で何をチェックしたらいいの?」

こうした疑問を持つ飼い主さんは少なくありません。

そこで今回は、千歳船橋あむ動物病院で循環器内科を担当する獣医師・𠮷井先生にお話を伺い、シニア犬の心臓病・腎臓病の基礎知識から、早期発見のポイント、さらに日常生活で気をつけたいことまで、詳しく教えていただきました。

𠮷井友見

獣医師

北海道生まれ。日本大学卒業。
どうぶつの総合病院専門医療&救急センターで全科研修医を修了後、群馬県の動物医療センターで総合診療に従事。
その後、どうぶつの総合病院専門医療&救急センター循環器科にて専門医に師事し、千歳船橋あむ動物病院に就任。
現在は一般診療科、循環器内科、一般外科を専門とし、日々診療にあたっています。
千歳船橋あむ動物病院 公式HP:https://am-ah.jp/

目次



「心臓&腎臓」シニア犬が気を付けたい疾患とは

あくびをするピットブル

「シニア期になると、循環器(心臓)と腎臓のトラブルが多くなってきます。保険会社の保険請求データを見ても、7歳を境にどちらの疾患も増加しているのがはっきり見て取れます」(𠮷井先生※以下すべて同)

犬の保険金請求割合の年齢推移
アニコム 家庭どうぶつ白書(データ抜粋)

シニア期には、腎臓や肝臓をはじめとするさまざまな臓器のトラブルが増えやすいといわれています。
いずれも注意が必要ですが、とくに早期発見・対応がカギになるのが「心臓病」です。
心臓病には確実な予防法がなく、進行すると肺水腫など致命的な合併症を招き、最終的には生活の質を大きく損なう恐れがあります。

心臓病は予防できない? だからこそ早期発見がカギ

「残念ながら心臓病は、加齢や遺伝的な要素が大きく関係しますし、はっきりした予防策はないのが現状です。だからこそ、症状が出る前の段階で見つける=早期発見が何よりも重要になります。

その代表例の一つが、小型犬に多く見られる『僧帽弁閉鎖不全症』です。心臓の弁がうまく閉じなくなることで血液が逆流し、徐々に心臓や肺に負担をかけてしまう病気ですね。

海外では、超大型犬を中心に『拡張型心筋症(DCM)』の報告もありますが、日本における発生率は高くありません」

心臓の断面図イラスト

「『僧帽弁閉鎖不全症』は、特にチワワやトイプードル、キャバリアなどに多い印象ですね。進行すると心臓に大きな負担がかかり、肺水腫などの合併症を引き起こす可能性があります」

僧帽弁閉鎖不全症は、弁が正常に閉じず血液が逆流することで、心臓や肺に大きな負担がかかる病気です。
初期にははっきりとした症状が出にくいため、見過ごされやすいのが特徴ですが、進行すると以下のようなサインが現れることがあります。

  • 疲れやすく、散歩を嫌がるようになる
  • 咳が増える、呼吸が荒い(ゼーゼー・カッカッなど)
  • ふとした瞬間に息切れや呼吸困難の兆候がある

こうした症状が目立ち始めたら要注意。
千歳船橋あむ動物病院で循環器内科を担当する𠮷井先生は、次のように解説します。

「心臓拡大が進むと、拡大した心臓が気管を圧迫して咳を引き起こすことがあります。また、血液の流れが滞ることで肺の血管に強い圧力がかかり、水分が肺の中に染み出してしまう『肺水腫』を発症するリスクも高まります。

肺水腫は呼吸困難など深刻な症状につながり、放置すれば命に関わることもあるため、早めに気づいて進行を食い止めることが非常に重要です」

肺水腫とは、心臓のポンプ機能が低下し、肺の血管に過度な負担がかかった結果、血液中の水分が肺へ染み出してしまう状態です。
「咳が数日以上続く」「散歩中に息切れが頻繁に起こる」など、普段とは違う症状が見られたら、迷わず動物病院を受診してレントゲン検査やエコー検査などを受けましょう。

病状はステージA〜Dに分けられる「B2になったら油断は禁物」

箱のふちに顎を乗せるトイプードル

僧帽弁閉鎖不全症は、進行度に応じてA〜Dまでステージ分けされています。
ステージBは「本格的な心不全(肺水腫など)がまだ起きていない段階」ですが、さらにB1とB2に分かれるのが特徴です。

  • B1:心雑音はあるが、レントゲンやエコーで心臓の拡大は確認されない。飼い主が気づくような症状はほぼ見られない。
  • B2:心臓の拡大が見られ、軽い咳や疲れやすさが出始める場合がある。ただし肺水腫などの明確な心不全症状はまだ起きていない状態。

B2の段階で投薬を開始すれば、重症化(C・D)へ進む時期を遅らせることができます。
ただし「B2=まだ大丈夫」というわけではありません。

「興奮やちょっとした体調変化をきっかけに急に肺水腫を起こし、ステージCに移行する可能性もあります。呼吸困難など深刻な症状が一気に現れるケースもあるため、B2と診断されたら油断せず、日々の呼吸数チェックや投薬管理、定期的な検診を継続することが大切です。

シニア期になったら日々の観察や健康管理と併せて、咳が続いているときや半年に1度のペースで受診しましょう。呼吸が荒いと感じるときは『ただの風邪かな』と油断せず、早めに相談してほしいですね」

<僧帽弁閉鎖不全症のステージ>

ステージ/特徴 主な症状 飼い主ができること 獣医師が行う主な治療例
A
発症リスクはあるが心臓は正常
特になし ・定期健診
・体重管理
・特になし(聴診での経過観察)
B1
心雑音あり/
心臓の拡大はなし
ほぼ症状なし ・経過観察
・歯周病や糖尿病リスクの低減(口腔ケア、体重管理など)
・定期健診
・必要に応じて生活指導
・半年〜1年ごとの心エコー検査
B2
心雑音
+心臓の拡大あり
軽い咳、疲れやすさ ・安静に配慮
・呼吸数のチェック
・早めの受診
・内科的治療(強心薬、血管拡張薬)
・1~3カ月おきの心エコー検査
・外科手術
C
心不全症状あり/
肺水腫などを伴う段階
咳・呼吸困難・失神
軽度〜重度の肺水腫など
・緊急時はすぐに病院へ連絡
・自宅酸素管理の検討
・利尿薬の追加
・酸素療法
・外科手術
D
重度の心不全/肺水腫を繰り返し、腎不全も重度でコントロールが難しい状態
・呼吸困難や腎不全により嘔吐・食欲低下・脱水などが顕著で、状態悪化が続く ・自宅酸素管理
・相当な苦痛を伴う場合は安楽死の検討
・酸素療法
・鎮静や鎮痛などの緩和
・腎臓よりも呼吸緩和を優先した利尿薬の増量

日々の観察と定期検診を習慣にして早期発見を

まずは「できること」から。日々の観察ポイント

犬の後ろ足を押さえる様子

「犬は言葉を話せないため、不調を訴えられません。だからこそ、飼い主さんが変化に気づくことができるかどうかが大きなカギになります。ちょっとした観察習慣などで、『あれ、今日はなんだか違うぞ』と些細な変化に気づきやすくなります。その気づきが、心臓や腎臓の進行状況を大きく左右するケースもあるのです」

日々の観察ポイント

チェック項目 方法 アドバイス
呼吸数 寝ている状態で1分間、胸の上下運動の回数を測定 15秒間の回数を4倍すると、1分あたりの呼吸数を出せます
咳が出ていない状態から咳が出るようになっていないか、
咳の頻度が増えていないか様子を見る
朝晩などに起こる空咳は見過ごされやすいため、意識して観察しましょう。
症状が増えてきたと思ったら、早めに病院へ相談をお願いします
おしっこの量や色 ペットシーツの濡れ方、透明度、においの変化などをチェック。
使用前と使用後のシートの重さを測定するのもおすすめ
日々の変化を見比べるために、シーツを取り替えたタイミングを覚えておくと便利です
食欲や散歩の様子 急に食べ残しが増えたり、歩くペースが落ちたりしないか観察 1週間程度の変化が続いたり悪化する場合は、かかりつけ医に相談しましょう
心拍数 犬の左胸(前肢の付け根あたり)に手を当て、1分間の鼓動回数を確認 落ち着いて測れない子も多いので、無理に行わず困ったら病院で確認してもらうと安心

こうして定期検診と日々の観察を習慣化しておけば、もし心臓病にかかっていたとしても見落としを減らし、早期に気づいて対処できる可能性が高まるといいます。

見た目が元気でも安心できない? 定期検診が欠かせない理由

見た目は元気でも、内側では病気が進んでいるかもしれないのが心臓病や腎臓病の厄介なところ。
だからこそ、症状が目立つ前の段階で、定期検診を受けておくことが大切です。

「心臓病の場合、咳や疲れやすさなどの症状が出る前から、聴診で「心雑音」が確認できるケースが多いです。早期段階(B1)のうちに見つかれば、肺水腫など重症化を大きく遅らせることも期待できるため、症状がないうちから定期的に検査を受けることが重要ですね」

検診は半年に一回のペースから

診察を受けるシュナウザー

犬は人間より年を重ねるペースが早いため、「1年に1回」ではどうしても間隔が空きすぎてしまいます。
そこで𠮷井先生は、半年に1回(年2回)の受診を提案しているそうです。

「犬の1年は、人間の4〜6年分に相当するといわれています。

つまり「1年に1回」の健康診断は、人間に置き換えると5年に1回の検査ペースと同じようなものです」

<健康診断で受けておきたい項目>

血液検査
腎臓・肝臓・甲状腺・血糖値など各種数値を確認
レントゲン/エコー
心臓のサイズ・動き、肺の状態、腫瘍の有無などをチェック
尿検査
おしっこの濃さやpH、潜血など、
腎臓・泌尿器系トラブル、尿蛋白を確認

「健康診断の費用は動物病院や検査内容によってさまざまですが、血液検査で一通り見ると1万円前後、画像検査など複数組み合わせると3〜4万円ほどかかるケースが多いです。

とはいえ、毎回これだけの費用をかけるのは負担が大きいと感じる方も少なくないでしょう。そんなときは血液検査と聴診だけでも受けておくと、今の健康状態を数値で把握しやすくなります。

まずはかかりつけ医に相談してみて、『今回の検査はここまでに絞ろう』といった形で調整するのもいいと思います。獣医師としてはフルコースの検査が理想です。とはいえ、部分的な検査だけでも早期発見につながる可能性は大きく高まります」

もし異常が見つかったら? 治療とケアの選択肢

「心臓の異常は、やはり早期発見が重要です。特に僧帽弁閉鎖不全症でステージC(肺水腫)まで進むと、呼吸困難など深刻な症状が出てしまいます。生死を左右しかねないレベルになるため、ここをどう遅らせるかが大きなポイントです。

だからこそ、ステージB2の段階で投薬を始められるかが後の経過を大きく左右します。タイミングを逃してしまうとあっという間にCへ進んでしまいますが、早めに気づいて治療を開始できれば進行を遅らせることもできます。

実際にB2で投薬を始めた子は、始めなかった子に比べて平均15カ月長く生きられたというデータもあります。ただし、これはあくまで統計上の平均値です。若いうちにB2になった子がもっと長く元気で過ごすケースもあれば、高齢でB2に至っても肺水腫を起こさずに寿命を迎える子も少なくありません」

「平均15カ月長く生きられた」と聞いて「短い」と感じる人もいるかもしれません。
「B1から治療すれば、もっと長く生きられるのでは?」と思われる方もいるでしょう。
しかし、B1で薬を始めても最終的な生存期間は大きく変わらなかったという報告もあるといいます。
では、私たち飼い主ができることは何でしょうか?

「B1の段階でも、将来的な利尿薬使用を見据えた腎臓ケア(脱水や塩分多めな食事を避ける)や、歯周病や糖尿病リスクを減らす口腔ケア・体重管理など、できることはたくさんあります。

こうしたケアに取り組むことで、合併症や急な悪化を防ぎやすくなるため、生活管理をしっかり続ければ、B1のまま数年過ごせるケースも少なくありません。

焦らず定期検診と生活管理を続けていけば、B2やCへの移行をぐっと遅らせることが期待できます。

14歳前後でB2に進んだとしても、そこから1年以上穏やかに過ごす子は少なくありません。肺水腫が起こらず自然な寿命を迎えた例もあるので、『たった15カ月か…』と悲観しないで、ステージCになる前のB2でいかに対策するかが大切です」

【事例紹介】B2段階で早期発見・早期治療したケース

ここで、𠮷井先生が実際に診察したケースをご紹介します。
もともと咳の症状はほとんどなかったのですが、飼い主さんが日頃から呼吸数や咳の有無を意識して観察していたため、ごく軽い空咳にいち早く気づきました。
最初はご近所の病院で咳止めを処方されましたが、なかなか改善しなかったことが受診のきっかけになったそうです。

「検査をしてみると、僧帽弁閉鎖不全症のステージB2と判明しました。肺炎などの感染症ではなく、心臓に原因があるタイプの咳だったんです。飼い主さんがこれまでなかった咳が増えたと早めに相談してくださったおかげで、重症化する前に治療を始めることができました」

このケースは軽度の咳こそあったものの、まだ肺水腫などの大きな症状は出ていない段階だったため、内科的治療を開始してから咳の回数が減少。
犬も苦しそうにする場面が減り、今では定期検査(おおむね3カ月おき)を受けながら1年以上安定した日々を送っているとのこと。

「観察が不十分だと、咳がもっとひどくなるまで気づかれず、ステージC(肺水腫)で初めて駆け込まれるケースも少なくありません。Cの段階まで進むと平均余命は1年ほどとお伝えせざるを得ない場合もあり、飼い主さんにとって大きな衝撃になってしまう。B2なら『これから上手に病気と付き合っていこう』と心の準備をする時間を確保できますし、何より進行を抑えやすいのです」

また、この飼い主さんは診断後、改めて「毎日の観察が重要」と認識し、日頃の運動量やストレス管理、呼吸数チェックなどを欠かさず行うようになりました。
そのおかげで、わずかな変化にも早めに気づき、獣医師と相談しながら生活スタイルを調整できているそうです。

「シニアの子は、心臓病に限らず『いつもと何か違う』という違和感が大切なサインになります。とはいえ、咳や呼吸回数など、目に見える症状が出るころにはB2以上に進行していることも多いです。

ですから本当の意味での早期発見は、聴診で心雑音を聞き取れる段階、つまり症状が出る前の段階で見つけることだと思います。大きな血液検査まではしなくても、『ちょっと聴診だけ』という気軽な受診でも構いません。病院に慣れておけば、いざというときも抵抗感が減り、愛犬にとっても負担が少ないので、結果的に早期発見につながる可能性が高くなります」

肺水腫が起こるかどうかが大きなボーダーライン

千歳船橋あむ動物病院で実際に使用されている酸素室
千歳船橋あむ動物病院で実際に使用されている酸素室

僧帽弁閉鎖不全症が進行して肺水腫を起こすと、入院して酸素室に入る必要があります。
肺水腫を起こした犬は呼吸が苦しくなり、夜間に容体が急変するケースも少なくありません。

「長期入院になると、飼い主さんがそばに寄り添えない時間が増え、最期に立ち会えない可能性も出てきます。これは家族にとって最も避けたいことですよね。

もっとも、肺水腫を起こしたからといって、ただちに命に直結するわけではありません。治療や酸素管理でコントロールできるケースもあり、容体が安定して退院できる子もいます。

とはいえ、夜間の急変や緊急対応が必要となるリスクは高まるのも事実です。肺水腫が起きる前、つまりステージB2のうちに心臓への負担を減らし、重症化まで進む時期をできるだけ先に延ばすことが重要です」

生活習慣全体を見直し、無理なく穏やかに

散歩するジャックラッセルテリア

「病気の種類によって注意点は異なりますが、最終的には愛犬が無理なく穏やかに過ごせるようにしてあげることが理想です。

たとえば心臓が悪い子は激しい運動や興奮を避けたり、腎臓が悪い子は水分をしっかり摂れる環境を整えたり、足腰が弱ってきた子は段差を解消してあげたり。まずは獣医師と相談しながら、無理のない範囲で少しずつ実践してみてください。

「うちはまだ平気」と思っていても、年齢とともに確実に変化は始まっていきます。特に心臓病は完全に予防することができないので、日々のチェックや定期健診を受けることで、早期発見が欠かせません。ステージB1なら症状が軽いうちに対応でき、ステージCへ進む時期をぐっと遅らせることができます。

早めの行動が、愛犬と穏やかに過ごせる時間を大きく延ばしてくれますから、毎日の観察と検診を習慣づけて、もしものときに備えましょう」

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