We are…
2026/07/03
「ねぇ、ほんとうに歩けなかったの?」

2年前に受けたヘルニアの手術を境に、歩けなくなってしまったパグのチャック(現在14歳)。
手術自体は成功したものの、患部への違和感から自ら歩くことを「やめて」しまったのだという。担当医によると、ごく稀にそうした犬がいるそうで、チャックもその1頭ということだった。
それでもリハビリを続ければ、もう一度歩き出す可能性はあった。オーナーの佐藤さんとチャックは、その希望にかけて半年間、毎日病院に通ったが、再び歩き出すことはなかった。
しかし、それでも佐藤家の日々は幸せだという。実際、わたしたちが取材に行くと、チャックは車椅子とは思えないスピードと見事なコース取りでリビングへ案内してくれた。
聞いていた以上の、とびきりの笑顔で。
チャックのプロフィール
●年齢/性別:14歳の男の子
●既往歴
・11歳、椎間板ヘルニアを発症・手術
・12歳、術後リハビリをするも、狭窄症が見つかる
・13歳、タンパク漏出性腸症と診断
目次
出会った頃のチャックは、ちょっとブサイク

佐藤さんが初めてチャックを目にしたのは、Instagramに流れてきた保護犬の情報だった。
当時、佐藤さんはパグの紋次郎(13歳)と暮らしており、ちょうど2頭目を考えていたという。シニアになり、少しずつ元気がなくなってきた紋次郎のために。
●佐藤さん「もんちゃん(紋次郎)は友達が大好きな子だったんです。だから、外に行かなくなった頃から『家族がいたほうが楽しいかな』って考えるようになって。そんな時に、チャッくん(チャック)に出会ったんです」
そんなチャックの第一印象は…衝撃的だったという。
●「…なんて言うんでしょう。すごい顔、ブサイク?(笑)」
チャックはなかなか里親が見つからず、1ヶ月も募集中の状態が続いていた。そのあいだ、佐藤さんは「チャックのことが気になる」と何度もご主人と息子さんに話していたのだという。
●「最初のインパクトが強かったこともそうですし、なかなか決まらないのを見ていて、なんだか気になってきて…」
最初は「もう1頭を迎えて、本当に面倒を見られるのか」と迎えることに反対していた家族も、佐藤さんの熱意に少しずつ折れていく。最終的には、ご主人の「何を言っても決意は固まってるんでしょ」という言葉でようやく話がまとまり、佐藤さんは保護犬団体「ふがれす」で預かりボランティアをしている人の家へ向かった。
息子さんと13歳の紋次郎を連れての面会。目の前に現れたチャックのインパクトは、画面で見ていた以上だったという。佐藤さんは当時の衝撃を笑いながら振り返った。

●「インスタで見ていたよりも、ずっと『すごい顔』で。もう、笑いが止まらなくなっちゃって(笑)
それでも迎えようと思ったのは、この子がいたら毎日楽しいだろうなって思ったからなんです」
紋次郎とチャックの相性も、近くで見ていてわかるほど良かったという。
初めて会った日から仲良くしていた2頭は、家に来てからも同じ。13歳になってから散歩に行かなくなっていた紋次郎も、新しい相棒に刺激されたのか、再び外へ出るようになった。少しずつ、元気を取り戻していったのだ。

その後、紋次郎に「蛋白漏出性腸症」、そして「急性白血病」が立て続けに見つかり、それらがきっかけでふたりの暮らしはわずか半年間で終わってしまった。それでも、チャックを迎えたことで、紋次郎を始め、家族みんなに笑顔が増えていった。
さらにその半年後。2頭飼いの良さを肌で感じた佐藤さんは、新しい家族として、チャックと同じく保護犬でパグの「ハリー」を迎えることにした。以来、チャックはすっかり「頼れる兄」として新しい弟分を引っ張る存在になっていった。
水と散歩と弟が大好きな、兄貴分

チャックの大好きなことは、なんといっても散歩と遊びだった。
散歩は、毎日3時間。本人が行きたい場所を、満足するまで歩かせた。知らない世界がたくさんあったのか、チャックはいつも嬉しそうだったという。
●「夏場は暑さに弱いので、午前2時半スタートでした。道路がまだ冷たい時間を狙って。家族には甘やかしすぎって言われたんですけど、好きなことをさせてあげたいなって…」
夏は、毎年のように海や湖へ出かけた。チャックは泳げないのに水がとにかく好きで、何度も溺れかけることがあったため、犬用のライフジャケットを着せていた。
湖でサップに乗せれば、自分から水面へ飛び込み、ライフジャケットに守られながらパタパタと必死に犬かきをして見せる。その夢中なチャックの姿は、家族にとってかけがえのない夏の思い出になっている。

そんなチャックには、兄弟思いの一面もある。
チャックの後に迎えられたハリーは、保護犬だったためか、迎えた当初は「おやつ」や「ごはん」という言葉さえ知らず、ただ怯えた顔をしていたという。
そんなハリーのことを、チャックはいつもそばで見守っていた。
●「ある時、ハリーくんにマウントを取ってきた友達がいて、チャッくんはそれ以来、その子に会うたび怒るようになったんです。いまでも、同じ犬種を見かけると怒ります…(笑)」

兄貴分らしい振る舞いはほかにもある。2年前、ハリーにも「蛋白漏出性腸症」が見つかり、闘病生活を送っていた時のこと。
●「当時は、私がハリーくんの介護にかかりきりになっていて、チャッくんは少し寂しそうで。それでも、騒ぐこともなく、ハリーくんのことをそばで見守ってくれていたんです」
そんなチャックとハリーのあいだには、こんなエピソードもある。
●「ハリーくんがトイレシートの上で過ごす時間が増えた頃から、チャッくんはトイレシートを使わなくなったんです。きっと『ハリーの場所だから』って思っていたんだと思います」
ハリーは1年ほどの闘病の末、穏やかに旅立った。それからほどなくして、今度はチャックの後ろ足に、小さな変化が現れる。
ヘルニアの手術後に起きたこと

「何かあれば、専門の先生を頼る」
それは、佐藤さんが犬と暮らすなかで、ずっと意識してきたこと。かかりつけ医はもちろん、目の不調があれば隣の県の眼科専門医まで、歯のケアは隣の市の歯科専門医までと、わずかでも異変があれば専門医にも診てもらうようにしてきた。
11歳になったチャックの後ろ足に「ナックリング」が見られるようになった時も、同じだった。
●「これだけ歩いているのに、老化のはずがないなって。かかりつけ医だけじゃなく、整形外科の専門の先生のところにも連れていったんです」
まずは、痛み止めの注射を打って様子を見ることになった。しかし、1ヶ月が過ぎても症状は改善されない。より詳しく調べるため、MRI検査を受けることになった。
検査で見つかったのは、胸椎と腰椎のあいだのヘルニア。診断は「軽度」だった。
それでも「いまは歩けているが、いずれ歩けなくなる可能性もゼロではない」という先生の説明を受けて、佐藤さんは手術を選んだ。
●「これからも大好きな散歩ができるように、と思って。手術するなら、少しでも若いうちがいいだろうって考えたんです」
そうして行なわれた手術は無事に成功。担当医からも「違和感が取れれば、すぐに歩けるようになります」と太鼓判を押されたほどだった。
ところが、術後のチャックはまったく歩こうとしなかった。ごはんは普段以上にしっかり食べ、元気もある。それなのに、歩くことだけはしなかったのだ。
神経の検査をしても問題はなく、触れば足は動くし、リハビリでプールに入れば歩く。もし手術が失敗していたなら、それさえできないはずだった。
先生によると、ごく稀に、手術後の違和感から歩くこと自体を「やめて」しまう犬がいるのだという。チャックは、その1頭だと説明された。

手術の結果を、ご主人は受け入れがたかったという。
●「主人は『歩けるようになるために手術したんじゃないの?もう失敗だったんでしょ?』って言っていて。でも、神経の反応も電気信号も”問題ない”ってデータで出ているから、2人で『いつか歩き出すって信じるしかない』とも話していて」
この時点では、佐藤さん自身は歩けるようになると信じていた。
「すぐに歩けるようになるだろうから、それまでの少しの期間だけ使えればいい」
そんな思いから、リハビリ用の車椅子はネット記事を参考にしながら、チャックのサイズに合わせた手作りしたという。

チャックは車椅子も使ったリハビリの日々を過ごしていたが、同時期に同じ病院で手術をした周りの犬たちは、次々と歩けるようになっていく。その姿を見るうちに、佐藤さんの気持ちは少しずつ揺らいでいった。
期待と諦めのあいだで揺れながらも、リハビリのために片道1時間弱の道のりを、半年間、毎日通い続けた。
しかし、患部に狭窄症が見つかり、先生からはついに「歩けるようになる見込みはない」と宣告を受けたのだった。
歩いてほしいと思っていたのは、私だけなのかもしれない

歩けるようになると信じて、半年間毎日通い続けた末の宣告を、佐藤さんはどう受け止めたのだろう。
●「薄々、そうだろうなとは思っていたんです。それでも、はっきり言われると、やっぱり堪えて…。でも、病院から帰る道中では、むしろスッキリしていて。『よし、これからできることをやろう』って思えていましたね」
「これからできること」のひとつが、自宅でのケアだった。 定期的にトレーナーに来てもらい、マッサージやトレーニングをお願いしている。
チャックは、そのトレーナーのことが初めて会った時から大好きで、いまも来てくれるたびにフンフンと興奮するのだという。いまはトレーニングというよりも、「チャックが喜ぶ時間を増やしてあげたい」その思いで続けているのだそうだ。

ほかにも、東洋医学の鍼治療を取り入れたりと、できることはひと通り試してきた。 ただ、振り返ってみると、手術という選択をしたことに、考えてしまうこともあるという。
●「鍼治療を先に試せばよかったかな、ってちょっと思うんです。でも、もし鍼を先にしていたら、今度は『早く手術すればよかった』って思ったかもしれない。
…結局は、すべて自分が決めたことなので、受け入れるしかないんですよね」
そう話したあと、佐藤さんは少し表情をゆるめて、こう続けた。
●「それに、チャッくんは歩けないことを、なにも気にしてないんですよ。むしろ、甘えられるようになったことが嬉しそうで。それも受け入れられた理由のひとつなんです」
じつは、ハリーとお別れした頃から、チャックはすっかり甘えん坊になっていた。以前までは抱っこより遊ぶことのほうが好きだったが、チャックは淋しかったのか、抱っこしてもらうことが日々の楽しみになっていたのだという。
ヘルニア手術後の、佐藤さんが手取り足取り支えてくれる生活も、チャックにとっては心地よかったのかもしれない。「歩きたい」「ごはん食べたい」「甘えたい」と伝えると、佐藤さんが笑顔で応えてくれるのだから。
●「じつはリハビリをしていた当時、私以外の家族は、チャックの歩く姿を何度か見ているんです。私が背を向けている瞬間に、2、3歩歩いてる。でも私が振り返ると、その場でばたって崩れちゃう。
チャックにとっては歩かないほうが、家族の膝の上で過ごせるし、抱っこしてもらえるし、あれ食べたい・これやりたいって時にも構ってもらえる。そのほうが、都合が良かったのかもしれないですね(笑)」

甘えたいチャックと、甘えられたいママ
1日3時間だった散歩は、いまは数分になった。車やカートに乗せて、昔からよく通った公園へ行き、そこで数分だけ歩いて、帰ってくる。
家に帰ると、チャックは甘えん坊に。車椅子に乗って、佐藤さんの足元までやってくる。
●「タポタポって、前足でわたしの足を叩いてくるんですよ。それが『抱っこして』の合図で」
また、歩けた頃のチャックは、椅子の上にジャンプして乗ってきて、机の上の食べ物を狙うことがよくあったという。それができなくなった今は、佐藤さんの膝の上に座り、何かないかなと机の側に張り付いている。
●「昔はなかった一面なんですけど、それも全部、いまのチャッくんらしくて、大好きなんです」

取材中、佐藤さんにずっと甘えていたチャック。それを嬉しそうに受け入れる佐藤さん。その溺愛ぶりを家族はどう思っているのだろう。
取材も終盤に差し掛かった頃、外出先からちょうど帰ってきた息子さんに、せっかくなので「ママのチャック好きすぎ問題」について聞いてみた。「いい加減にしてほしい」のような答えを、半分くらい想定しながら。
●息子さん 「ちょうどいいんじゃないですか。チャックは甘えたいし、母も甘えられたいので。需要と供給がマッチしてて」
●佐藤さん 「たしかに…(笑)」

シニア犬との暮らしは、うまくいくことも、うまくいかないことも、どちらもある。チャックの場合、望んでいた手術結果は得られなかったが、それでも佐藤家の毎日には、いつも笑顔があふれている。
●佐藤さん「いまのチャッくんも、昔のチャッくんも、ぜんぶ大好きで。こうして一緒にいてくれるだけで、本当に毎日が楽しいんです」
そう笑顔で話す佐藤さんの足を、チャックがタポタポと叩く。「抱っこして」の、いつもの合図を送っていた。