We are…

2026/04/17

3万人と心を通わせた「小さなヒーロー」と、素顔を愛してやまない親心

マメは、ミックス犬の女の子。17歳9ヶ月になった今も、現役のセラピードッグとして活動を続けている。

セラピードッグとは、高齢者施設や病院、学校などを訪ね、人の心に寄り添う犬のこと。

もともとは普通の家庭犬だったマメは、1歳の時に活動を始めた。以来16年間で訪れた施設は800ヶ所以上、0歳の赤ちゃんから100歳を超えるお年寄りまで、3万人以上の人と出会ってきた。

2011年に発生した東日本大震災では、被災地に約1ヶ月間滞在し、多くの人の心を支えた。

オーナーの上坂さんは、そんなマメのことを「誇らしい存在」と語る。
ところが取材を通じて、上坂さんが最も楽しそうに話したのは、そうした華々しい活躍の話ではなかった。

目次

静かに、周りを見渡していたマメ

▲シニア犬イベントに参加していたマメは、落ち着いて周囲の様子を伺っていた。

編集部とマメの初対面は、都内で開かれたシニア犬イベントでのことだった。

15歳前後の犬たちが6頭参加し、取材スタッフも入り混じる賑やかな会場。そんな非日常な場所でも、マメは落ち着いて静かに周りを見渡していた。

さらに自らカメラマンに歩み寄り、そこから離れようとしない場面もあった。

「あの時のマメは、周りをよく見て、どう動くべきか考えていたんだと思います。
あと寄って行ったのは、『私かわいいから撮っていいよ』って言っていたんでしょうね(笑)」

上坂さんはマメのキャラクターを交えながらそう振り返った。

ふつうの家庭犬が、セラピードッグになるまで

マメが上坂家に迎えられたのは生後2ヶ月の時。
「肝が据わっている」というのが最初の印象で、初日から物怖じせず家の中を自由に探索し、ごはんもペロリと完食したという。

さらに日が経つにつれて、甘えん坊なのに驚くほど気が強い一面が見えてきて、上坂さんはその個性にすっかり心をつかまれた。

そんなマメがセラピードッグになるきっかけは、ある日の散歩中の出来事だった。

1歳になったばかりのマメは、体格差のある大型犬に臆せず近寄っていくし、初対面の人に撫でられるのも大歓迎。
そんな姿を見かけた、セラピードッグ活動をしている女性が「向いていると思うからやってみない?」と声をかけてきたのだ。

「私は障害のある子たちのキャンプカウンセラーをしていたこともあって、福祉のボランティア活動には元々興味があったんです。『せっかくのご縁だし』と、挑戦してみることにしました」

▲1歳の時のマメ。散歩から帰り「もうすぐごはん?」と上坂さんに尋ねている一枚。

セラピードッグとして活動するには、NPO団体などによる適性検査に合格し、研修を経て現場に出るケースが多い。
マメは、声をかけてくれた女性の所属団体で適性検査を受けることになった。

検査では、獣医師や訓練士が犬の適性を細かくチェックする。健康状態はもちろん、飼い主の指示を聞けるか、どこを触られても怒らないか。

一度でも歯を立てれば不合格。おとなしくしていても、ストレスサインが強く出ていれば合格できない。

マメはわざと耳を引っ張られたり、お尻を触られたりもしたが、怒る素振りはまったくなかった。むしろ楽しそうな様子もあり、文句なしの合格だった。

その後は、座学で施設の種類や注意すべき感染症について学びながら、先輩犬に付き添って少しずつ現場を経験していく。

セラピードッグが活動する場所は、どこも日常とはかけ離れた空間だ。

初めて訪れる場所で、初対面の人たちに囲まれ、いろんな触られ方をする。車椅子が通る音や、医療機器などの馴染みのない物音もする。慣れていない犬なら、怖がったり興奮したりしても不思議ではない。

けれどもマメは、最初の現場から楽しんでいた。

「自分からどんどん人に近づいて、撫でてもらっては嬉しそうな顔をしていました。
マメは旅行も好きなんですけど、その時の笑顔とはまたちょっと種類が違っていて。知らなかったマメの一面に出会えたことが、とにかく嬉しかったですね」

それから16年。セラピードッグの活動は、マメにとって「特別なお出かけ」として毎週末に続けられ、気がつけば訪れた施設は800ヶ所を超えていた。

これまで出会い、笑顔にしてきた人々

マメの主な活動場所としては、まず病院や高齢者施設が挙げられる。施設内の広いスペースで大勢と交流することもあれば、病室で1対1の時間を過ごすこともある。

こうした交流から生まれる「癒し」には、さまざまな効果があると上坂さんは話す。

なかなか寝付けなかった方がぐっすり眠れるようになったり、認知症で表情が出づらくなった方の笑顔を引き出すサポートをしたり、時に幸福感が生きる力にもなる。

さらにマメは、幼稚園や学校を訪れて、犬との接し方や命の大切さを伝える活動も行ってきた。

目の前で大はしゃぎする子どもたちに囲まれても、マメは怯えることなく、どんな時もセラピードッグとしての役割を果たしてきた。

▲子どもたちの声援を受けながら、腕で作ったアーチの中を通るマメ。

マメは、相手の気持ちを「におい」で読み取り、寄り添うことができる。

それはセラピードッグとして活動する傍ら、所属していたNPO団体の救助犬部門で「災害救助犬」の訓練を受けていたからだ。

災害救助犬は、助けを必要とする人の捜索する時に「ストレス臭」と呼ばれる、人間が苦痛やストレスを感じた時に出る微かな体臭の変化をを手がかりにしている。

マメもこの訓練を受けたことで嗅覚が磨かれ、セラピードッグの現場にも活かされたのだ。

「施設に着いて、『自由に行っておいで』と言うと、マメはその場で一番気持ちが沈んでいる人や、体が弱っている人のところへ真っ直ぐ向かうんです。そして、どうすれば笑顔になるか、自分の鼻や頭を使って考えているんです」

▲高齢者施設を訪れた時の一枚。マメは触れ合ってきた人たちを笑顔にしてきた。

人との接し方にはいくつかの型がある。

マメのような小型犬なら「膝の上に乗る」「背中を預けて寄り添う」「正面から見つめ合う」のが基本姿勢。

その上で「撫でられるのをじっと待つ」「自分から甘える」「テンションを上げて応える」といった細かな振る舞いを、ハンドラーである上坂さんが指示していく。

ただ、相手によってどんな指示を出すべきか迷う瞬間もあるという。

そんな時、マメは上坂さんの戸惑いを察して、自分で動いてくれる。自分から距離を詰めたり引いたりしながら相手の気持ちを読み、相手の気持ちをほどいていく。

マメが起こした「奇跡」のような出来事

マメの心を癒す力は、時に「奇跡」のような出来事を起こしてきた。

2011年3月、東日本大震災の発生からわずか1週間後。上坂さんとマメは岩手県へ行き、ボランティアスタッフとして1ヶ月ほど活動していた。
そこで出会った、小学生の女の子のことを今でも忘れられないと上坂さんは話す。

その子は、毎日マメに会いにきて、芸を見たり撫でたりしてくれたが、いつも言葉は発さなかった。母親と妹を失ったショックから失語症になってしまっていたのだ。

ところがマメと出会って1週間が経とうとした頃、ふと「マメちゃん、マメちゃん」と言葉をこぼし、それがきっかけとなって、もう一度話せるようになった。

ほかにも、余命2日と宣告されたおばあさんのベッドで寄り添った時のことも覚えている。

その方は、枕元で伏せるマメを笑顔で撫で続け、そこから1週間、命を繋いだという。その時に撮影された笑顔の写真は、のちに遺影に使われることにもなった。

「犬には、本当に計り知れない力がある」と、上坂さんは当時のことを思い返しながら話す。

「マメは周りをよく見ていて、相手が何を思っているのか、自分がどう振る舞うべきかを考えている。そうやって自分の鼻とか頭を使って動くことは、マメにとっても生きがいになっているんです」

▲「3・11絵本プロジェクト」で岩手県内の公民館を訪れた時には、盛岡タイムス(2015年8月9日付)に掲載された。
▲「3・11絵本プロジェクト」で岩手県内の公民館を訪れた時には、盛岡タイムス(2015年8月9日付)に掲載された。

マメのセラピードッグとしての気質は、活動以外の場面でも発揮されてきた。

上坂さんが覚えているのは、当時小学生だった孫の面倒を、母親の代わりに見た時のことだ。
母親が数日間家を空けることになり、上坂さんとマメが泊まりに行ったのだが、孫は寂しさから日中も落ち込んでいて、夜も眠れずにいたという。

するとマメは、頼まれたわけでもないのに孫の布団に入って寄り添い、散歩に出れば孫を引っ張るように走って見せた。

相手によって自分を変える。それは訓練された技術ではなく、もっと根っこにある優しさそのものだった。

好きなことは、シニアになっても続けさせてあげたい

セラピードッグにも引退はある。マメも10歳の時に、一度は現役を退いた。

引退後は、旅行好きなマメと一緒に旅行に行くことが増えたという。初めての土地に行くたび、マメは目を輝かせていた。

▲旅行先の芝生の上で笑顔を見せるマメ

ところが引退してからのマメは、なんとなく退屈しているような気がしていたと上坂さんは話す。

散歩に行った時には、車椅子の人や杖をついた人を見かけるたびに、近づこうとリードを引っ張るようになっていた。

「現役の時はそんなことなかったのに。毎週続けていたことが突然なくなって、生きがいを一つ失ってしまったのかな、と思うようになったんです。
でも、10歳のマメにかつてのように活動させるのは負担が大きいし…」

上坂さんは悩んだ末に、活動の頻度と時間を抑えて再開することにした。
久しぶりにセラピードッグに戻ったマメは、やはり嬉しそうな顔を浮かべていたと話す。

現在、マメが施設を訪れるのは月に1回、1時間半ほど。

活動頻度と時間を抑えてはいるが、17歳の身体には決して軽いものではない。活動が終われば上坂さんの膝の上でぐっすり眠り、翌日も一日のほとんどを寝て過ごす。

それでもセラピードッグを続ける理由は、「大好きなマメの、大好きなことを続けさせてあげたい」という、ごく自然な、愛ゆえの思いから来ている。

「私はいつ引退してもいいと思っています。マメはもう、十分すぎるくらい頑張ってきましたから。
ただ、マメが『行きたい』という顔をする限りは、連れて行ってあげたい。そのために私にできることは、何でもしたいんです」

その思いは、マメの身体を支える「ケア」という形でも現れている。

上坂さんは2年前、ペット温灸士の資格を取得した。現在は、マメの専属トレーナーのように、活動で疲れたマメをケアする日々を送っている。

素のマメがいちばん好き

▲旅行先で誕生日を祝った時の一枚

マメは今年の7月で、18歳になる。
耳はほとんど聞こえず、1日のうち20時間は眠って過ごす、立派なハイシニア犬だ。

ただ足腰はしっかりしており、持病もなし。
さらに「気の強さ」も未だ健在で、セラピードッグの現場ではベテランの風格を見せるマメだが、家に帰るとまるで別の犬になる。甘えん坊で、気が強い。それが素のマメだ。

家の中では、目を覚ますと決まって上坂さんの後をトコトコとついて歩く。家事をする背中を追いかけ、上坂さんが椅子に座って休もうとすると、当然のように膝の上に乗ってくる。

そして「ほら、撫でなさい」と目で訴えかけ、撫でる場所が少しでもずれると、「そこじゃない」と怒る。

就寝時のこだわりも強い。上坂さんと同じベッドで眠るのが日課だが、布団が少しでも乱れていれば断固として入ろうとしない。「ちゃんと整えて」と言わんばかりに、じっと顔を見つめてくる。

「例を挙げたらキリがないくらい、しょっちゅう怒られています」
そう笑って話す上坂さんは、マメの華々しい活躍を語っていた時よりも、ずっと楽しそうだった。

「私の前でだけ気が強い、そんなマメが面白くて大好きなんです。
セラピードッグとしてのマメはもちろん尊敬しているけど、いちばん好きなのはやっぱり素のマメなんです」

Pick Up ピックアップ