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2025/09/19

断脚から1年、苦悩の先にあった幸せ [3本脚で歩き出すまでの軌跡]

幼い頃から散歩は毎日2〜3時間。歩くことが何よりも好きだったトイプードルのノアは、13歳で右前脚を失った。

その原因は、多くの犬に見られる悪性腫瘍のひとつ「肥満細胞腫」。

術後は寝たきりの生活を余儀なくされたが、現在はそこから再び立ち上がり、笑顔で歩き出すまでに回復。今回はノアが歩んだ軌跡をオーナーの河野さんに伺った。

ノアのプロフィール

●犬種:トイプードル
●年齢/性別:14歳の男の子
●既往歴
・10歳、「僧帽弁閉鎖不全症」と診断される
・11歳、 足の甲に「肥満細胞腫」が見つかり、摘出手術を受ける
・12歳、 肥満細胞腫が再発、「断指手術」を受ける
・13歳、 肥満細胞腫が再発、右前脚を断脚

目次

大切な右前脚を失い、3本脚になったノア

1年前、ノアは「肥満細胞腫」により大切な右前脚を失い、3本脚になった。

肥満細胞腫とは

病名に「肥満」とついているが体型とは関係なく、多くの犬に発生する代表的な悪性腫瘍。
がん細胞が周囲の組織に広がりやすい性質があるため、摘出手術では周囲の健康な組織まで切除されることが多く、部位によっては「断脚」が推奨される場合もある。

それから1年、ノアは寝たきりの状態から見事に復活。3本の脚を器用に使いこなし、散歩も以前と変わらず楽しんでいる。

「3本脚でも、こんなことができるんですよ」
河野さんはそう言って、1本の動画を見せてくれた。そこには「人参型の知育玩具」で器用に遊ぶノアがいた。

右前脚を失ったからといって、日常生活で苦労することはほとんどないという。

しかし、現在に至るまでの道のりは決して平坦ではなかった。
断脚以外の治療法を3年間にわたり模索し、断脚後に寝たきりになったノアの介護に向き合うなど、数えきれない苦悩の日々があった。

毎日2時間歩いたノアの脚

ノアは幼い頃から歩くことが大好きで、散歩は毎日2〜3時間。
お気に入りの河川敷や海沿いを歩き、隣町まで友達に会いに行くこともあった。

さらに河野さんは、年に2回は旅行にも連れて行き、普段とは違う道を歩かせるようにしていた。
「自然が多い場所が好きで、野生に帰ったように匂いをたくさん嗅いでよく歩くんです。その姿を見るのが楽しみで連れて行きましたね(笑)」

日々の散歩も、旅先での道のりも、何より「歩くこと」がノアの生きがいだった。

▲旅行中、車内で興奮して落ち着かないノア

天然なノアの相棒

ノアには、同じトイプードルの兄弟・リッキーがいた。

ふたりは散歩もごはんも、四六時中一緒に過ごすほど仲良し。
同い年だったこともあり、成長するにつれてシルエットや仕草はそっくりになった。

▲仕草までそっくりなノアとリッキー

一方で性格は対照的。リッキーは運動神経抜群でカッコいいタイプだが、ノアはおっとりタイプ。

「ノアくんは、ボールを投げてもキャッチできないし、走りながら柱にぶつかったこともある、背中に『うんちぺったんボール』と書かれたシールをつけていたこともありますね。一体どこで…(笑)」

「動きも変だし、何もないところで転ぶし…」と、ノアのドタバタエピソードは尽きることがない。

「だけど本当に優しい子で、みんなから愛されるキャラクターなんです」

散歩中に犬に会うと、初対面でも自分から「遊ぼう」と誘い、怒ったことは一度もない。さらに散歩デビューしたばかりの子犬に会うと、散歩の楽しさを教えるように寄り添って歩くのだという。

そんなノアは、いつからか犬友達のママ・パパから「仏のノアちゃん」と呼ばれるようになった。

▲散歩中、友達に会えて笑顔を浮かべる仏のノア

しかし、そんな穏やかなふたりの日々は、突然終わりを迎えた。

8歳になったリッキーが脚を引きずるようになり、MRI検査を受けることになった。ところが検査の終盤、心臓が止まってしまいそのまま息を引き取った。後に検査結果から首の神経付近に腫瘍が見つかり、それが心肺停止の一因だったと説明を受けた。

あまりにも突然の別れは、河野さんだけでなくノアの心にも大きな影響を与えた。

ストレスから指先を頻繁に舐めるようになり、白かった被毛は茶色く変色。散歩に行くと、決まって動物病院の入り口で立ち止まり、まるで「ここにリッキーがいるんじゃないの?」と言うように、扉を前脚で引っ掻いていたという。

そのような日々が1か月ほど続き、やがてノアも心の整理がついたのか、異常行動は落ち着きを見せていった。

▲お気に入りのぬいぐるみを抱いて眠るノア

断脚を避けたくて、受けた2度の手術

それから3年が経ち、リッキーのいない日常にも慣れた頃、ノアの足の甲に虫刺され程度の腫れが見つかった。

その腫れは1週間経っても引かず、病理検査を受けると「肥満細胞腫」と判明。
さらに、周囲に余分な脂肪が少ない足の甲に腫瘍ができたため、根治を目指すために「断脚」を勧められ、河野さんは選択を迫られた。

「急に言われても『え、なんで…?』としか考えられなくて…。
とにかく歩くことが生きがいのノアくんのために『断脚だけはしたくない』という一心でしたね」

まずは根治の可能性が低くても、断脚ではなく腫瘍摘出と経過観察の道を選んだ。

▲手術から1週間後には散歩にも行けるようになった

ところが1年後、再び足の甲に腫れが見つかった。

河野さんは断脚以外の選択肢を探すために別の病院を訪ねると、そこで「断指手術」を提案された。
がん細胞が足の甲以外に広がっていなければ、肉球から指の一部を切断することで根治を目指せるという。

ただし断脚に比べれば根治に至る可能性は低く、手術費用も20万円ほどかかる。
すでに1回目の腫瘍摘出手術で15万円を支払っており経済的な余裕はなかったが、「ノアの生きがいを守りたい」と、断指手術に賭けることを決めた。

さらに手術後には、念のため半年間にわたる抗がん剤治療も行なわれた。

▲断指手術後の様子

苦悩の末に、断脚を決断

抗がん剤治療を終えた半年後、肥満細胞腫が再発してしまった。
先生からは「もう断脚以外の治療法はなく、断脚しなければ余命半年」と告げられた。

それでも河野さんは決断できなかったと話す。
「職場のトイレでも何回も泣きました。どうにもしてあげられないって」

そんな時、先生がこんな言葉をかけてくれた。

『このままだと、痛みで脚を地面につけられなくなり、3本脚と同じ状態になります。
そうなる前に断脚することは、ノアくんの命を守り、歩ける可能性も残せる方法なんですよ』

その話を聞いた河野さんは断脚を決断。

手術日までの2週間は、昔からよく行った場所や行ってみたかったところへも出かけた。ノアと歩いてきた日々を思い返し、3本脚になるノアを支える決意を固めていった。

▲河野家にやってきた直後のノア

手術を終え、さっそく河野さんが面会に行くとノアは泣いていた。
慣れない入院生活に加え、痛みや右前脚を失った戸惑いから、ごはんも口にせず泣き続けていたと先生から聞いた。

その様子を見かねた先生は「このまま入院するより自宅で安静にした方が良い」と提案。
河野さんは急いで家中に滑り止めマットを敷き詰め、手術の翌日にノアを迎え入れた。

▲退院直後のノア

退院後、ノアは立ち上がることができなかった。

ごはんやトイレは、河野さんが身体を起こしながらこなす。撫でたりご褒美のおやつを差し出したりしても、尻尾は下がったまま、笑顔はなかった。

「これで良かったのか、ノアは幸せなのか」と何度も考えたと河野さんは話す。

しかし退院3日目から、少しずつ様子は変わりはじめた。

自ら立ち上がろうとするノアの身体を支えると、よろめきながらも立ち上がり、さらに後ろ脚で地面を蹴って、残された前脚1本で体を支えながら、ケンケンをするように歩こうとした。

先生と相談の上、無理しない程度に歩く練習を開始すると、家や近所を身体を支えながら歩いたり、気分転換にカートで外の空気に触れさせたりするうちに、ノアは元気を取り戻していく。

「下がったままだった尻尾が上がるようになって、あれがすごく嬉しかったですね」

そして2週間後、短い時間ではあるものの、ついに散歩に出られるまでに回復。
久しぶりの散歩道には、尻尾を勢いよく振りながら、嬉しそうに歩くノアの姿があった。

3本脚になったノアを支えるために

それから日を追うごとに、歩き続けられる距離は少しずつ増えてきた。

今では、日々の散歩はカートに乗せて1時間ほど、昔のように一緒に道中を楽しみながら、隣町の友達に会いに行ったり、昔歩いた海辺まで足を伸ばしたり。目的地に着けばカートを降り、20〜30分歩くのが日課だ。

さらに調子が良い日は、帰り道もカートに乗らず歩き続けるという。

「『カート乗るよー』って言っても聞かなくて…心配になりますけど、それがまた嬉しいんですよね。
ただ次の日は疲れて全然歩けなくなる(笑)」

▲休憩中も笑顔を浮かべる

3本脚になってから、体重増加は禁物。それぞれの脚にかかる負担が増えているため、先生からも体重管理について厳しく指導されているという。

「じつは、最近は食欲がすごくて…それ自体は嬉しいけど、ここだけは心を鬼にしています。
抗がん剤治療で2kg増えた体重も元に戻りましたね。ここからもう少し減らす予定です」

それ以外は、ノアが歩きやすい環境を整えた。
家中に滑り止めマットを敷いたほか、庭は砂利から人工芝に張り替え、脚を通さず着脱できるハーネス(Julius-K9)や、体のふらつきや転倒予防効果があるといわれる補助バンド(歩けるくん)も購入した。

このノアの笑顔が見たかった

1年前、ノアに新しい家族ができた。
手術後は友達に会う時間が減ったため、トイプードルのジロが迎えられたのだ。

13歳の年齢差があっても、犬見知りをせず散歩中によく子犬の面倒を見ていたノアは、リッキー以来の家族を喜んで迎え入れた。
今では、リッキーと歩いた道をジロと一緒に歩き、兄弟がいる日々を楽しんでいる。

日々が賑やかになる中で、ノアには散歩以外の楽しみができたという。

「ジロくんがいない時にする、ふたりだけのボール遊びが楽しみなんです。
ボールを奪われる心配がないこの時間はすごく乗り気で…ずっとボールを要求してくる(笑)」

「その様子を見るのが嬉しくて、つい新しいボールやおもちゃを買いすぎてしまう」と河野さんは笑った。

▲旅行に行った時のジロとノア

断脚から1年が経った今、ノアの日常は笑顔であふれている。

先生から初めて断脚を勧められた時には受け入れられず、手術直後は悩むこともあったが、今では「この選択に後悔はない」と振り返る。

「ノアくんは断脚を選んだ飼い主を恨むこともなく、むしろ『3本脚がなんだい!』っていつも前向きなんです。その姿を見ているうちに『これで良かった』って思わせてくれましたね」

励ますつもりが、気づけば励まされる日々。
ノアのことを一番に心配していた河野さんは、このノアの笑顔が見たかったのだ。

「今では毎日楽しそうで…尻尾だってブンブン振ってますよ(笑)」

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